プロレスみたいな人生

就労移行支援事業所卒業生K.Tさん

昭和58年生まれ。大手テレビ局に就職して1年3か月。
パソコンの操作をしたことがなかったK.Tさんでしたが、にじを利用している間に数々の資格を取得。仕事が続かず転職を繰り返し、生きていくことに絶望を感じていたというK.Tさん。そんな時門を叩いた「就労移行支援事業所にじ」で得たものとは・・・?!

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現在仕事やプライベートで悩みながらも活き活きとした私生活を送っているK.Tさんの、今までの苦悩や意識の変化、現在の自分になるまでの過程、今後の目標等をインタビューしました!

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インタビュアー:にじ練馬スタッフ 石井

有名企業に就職されたK.Tさんですが、どんな幼少期を過ごしていましたか?

小学校、中学校時代はあんまり友達がいなかったです。ドラクエもやらなかったし、一人で壁キャッチボールしていました。なんか人とは違うなって思っていて、自分の事神童と思っていました。高校卒業してからタンク工場でヘドロを扱うような仕事をしていました。一歩間違えれば事故死するようなとこでした。自分がすさんでいくのがわかりました。タンク工場は住み込みで、仕事して寝るだけの生活で、むさ苦しいし悪いやつらばかりだしで、限界を感じてタンク工場から逃亡しました(笑)
仕事がないままで実家に帰れず色々リセットしてやり直したくて上京しました。上京して何でもいいから仕事をしなければと思って色々探しましたが、雇ってくれるところはどこもありませんでした。家も借りられず公園で野宿をしたり、河川敷の下で寝泊まりしていました。親にも大見栄張って出てきたので親も頼れないし、知り合いも話が出来る人もいないし、ボロボロになっていくのがわかって、絶望ってこういうことなのかなって。漫喫でシャワーを浴びたくて自動販売機の下やお釣りを漁りまくって、やっとの思いで寄せ集めた760円を手にして中野駅にある漫喫に行きました。久しぶりのシャワーを浴びているときに、涙が溢れてきました。「俺、何やっているのだろう。俺、神童だよな。」って。この時、初めて親の有難みと自分の無力さを知りました。とりあえず生きていくためにインターネットで色々検索して方法を探っていると、中野区役所のホームページにたどり着きました。
悔しかったけど次の日に相談に行きましたよ。その後病院で検査を勧められて行ってみたのですが、俺天才だと思っていたのに発達障害(ボーダー)でした。びっくりですよね。
まさかこの俺がと思って受け入れられなかったのですが、役所の人ににじ中野坂上を紹介されました。

どんな東京にあこがれて上京したのですか?

東京ってすべてが輝いて見えました。オシャレな人達が多くて、俺も東京人だぁー!と思いましたよ(笑)仕事も何もしてないのに(笑)俺もこの街で一旗あげてやりたいと思ったし、親戚からバカにされてきて逃げたかったのもあるし、ドラマみたいに自分が主人公になれると思いましたね。困ったら誰かが助けてくれると思っていたし、俺天才だと思っていたから、一発逆転の億万長者も夢じゃないなー、なんて。でも現実は甘くないですね。だんだん理想と現実って言うのですか?離れて壊れて孤独って感じました。仕事も見つからないし、こんなはずじゃなかったって。何かがおかしいって。一人ってきついですよ。

就労移行支援事業所に出会ってどうですか?

正直最初は「世の中もむかつくしスタッフもむかつく」と思っていましたよ。誰にもあたる人あたる物がないので色々難癖つけては、スタッフにあたりちらしていました。保健師にも。なんか全てバカにされている気がして、プライドだけは守りたかったのだと思います。プライドまで捨てたら、俺何もなくなっちゃうじゃないですか。当時の俺は。そんなちっぽけなプライド、今だったらすぐに握り潰してやりますけどね(笑)

変わったのはいつですか?

変わったっていうか、親とか妹とか親戚付き合いがまったくなくなってしまって…「このままじゃダメだ」って自分で気づいたところです。スタッフと話をしたりして、目が覚めたっていうか…親以外で本気で泣かれました(笑)大の大人が泣くなよって思いましたけどね。「俺やばいやつだな」って冷静に思いましたよ。

就労移行支援事業所に通って良かったと思う所はなんですか?

にじにはもう一度働かせてもらえるっていうチャンスをもらいました。このままでは終われないと思っていたので。昔の俺だったら、自分ひとりで成し遂げたって思っていましたね(笑)「やっぱり俺天才!」って(笑)今では、人の有難みを感じることが出来るようになりました。

就職が決まった時はどんな気持ちでしたか?

受かるとは思っていなかったので、職員のサポートのおかげという気持ちでとにかく感謝でいっぱいでしたね。嬉しさと今後どうなっていくのかなっていう不安もありましたね。

K.Tさんの努力が実ったのですね。現在はどのような仕事内容を行っていますか?

総務課でパソコンの仕事や仕分けや、いわゆる事務補助を行っていますね。
仕事を始めて充実感はすごく感じていますね。働いた後に飲むお酒は格別ですね。

休日はどんな過ごし方をしていますか?

仕事を始めてから休日が凄く特別な日になりました、施設には大変お世話になり、スタッフには特にお世話になったので、にじに顔をだして掃除をしたり職員の手伝いをしたり恩返しをしています、後は自転車でサイクリングをしたり等リフレッシュをしていますね。

趣味や特技は何ですか?

何もないです、そんな人間でも就職が出来たのです。

就職してから毎日の生活に変化はありますか?

時間通りに通って時間通りに帰るっていう生活はそこまで変わらないですね、でも就職してから、人に出会いました。色々な人に出会いました。就職して初めの指導係をしてくれた上司は厳しい人でコテンパンにやられました(笑)それでも、俺のことを想って指導してくれていることを多く感じることが出来たし、この人のためにも仕事を続けて役に立ちたいと思っていました。就職して1年が経った時、担当の人が変わることがわかって、めちゃくちゃ動揺しましたね。
担当の人が課を去る日、「そのまま変わらなくていい。仲間を支えてあげられる人間になってくれ。」と書かれた紙をもらいました。自分を認めてもらった瞬間でした。家で泣きました。正直今しんどいことも多いです。でもその人もためにも、頑張らなくちゃいけないのです。

今後の夢や目標を教えてください

今の会社に就職することが出来たことは、自分自身本当に誇りに思っています。紅白も間近で見ることが出来ますし…(笑)今まで迷惑をかけてきた両親もとても喜んでくれて、やっとこれから恩返しが出来るところに立てたと思っています。正直に言うとここから先は、人生のパートナーを見つけて、両親に恩返しと共に安心を与えることが出来るようになりたいと思っています。なので、そのために収入の面ではもう少しステップアップしたいと思っています。こんな話はちょっと照れくさいですが…(笑)

現在就労移行支援事業所の利用を検討している方々へメッセージをお願いします。

こんな自分でも就職できたので、まじめにがんばってやっていれば必ず夢や目標は叶いますよ!今苦しんでいる方の気持ちもわかりますし、僕も今悩みながら手探りで前に進んでいます。仕事が続かず転職を繰り返し、仕事を辞めて5年ほどのブランクがあった僕が今の自分のなれたのも、にじでの生活があったからだと思っています。
にじのスタッフの方々は全力でサポートしてくれるので、利用を迷っている人や一人で悩んでいる人も、一度飛び込んでみてほしいです。きっと新しい自分に出会えると思います。

それでは最後に聞きます。人生とは?

人生って楽しいです。今、実感しています。俺プロレス好きで、八百長ってわかっているのですが、八百長じゃないのです。人生も就職も八百長じゃないのです。勝つか負けるかわからないから楽しいのですよ。人生先見えないけど、仕事しているって生きているって感じです。

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